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プラント工事の現場監督です。    業務負担の大きい40代。        日本全国巡ってます。

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原発の事故 1
「原発が爆発したら、どうしよう・・・。」

*チェルノブイリ特攻部隊の悲惨さ*
1986年4月26日 旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原発4号機が
特殊な運転実験中に爆発した。

チェルノブイリ原発爆発事故の処理には放射能の恐ろしさを
知らされない人々が多数動員された。

旧ソビエト連邦は恐ろしい。

鉛の入ったエプロンを着て、簡易マスクを付けただけで、
放射能高濃度エリアにスコップ持って突っ込んでいく。
竹やりで戦車に突っ込んでいくようなもんだ。

放射能は目に見えないので測定器がなと存在が分からないから、
ソ連の偉いさん方は危険性を知らせないで特攻させた。

もし、危険性を教えてたら処理に向かう人は集まっただろうか?
多数の人が逃げ出すことになり軍隊が武力で脅して向かわせる
ことになったかも。

あの時代のソ連で多数の人が被爆しないで処理作業をする
良い方法ってあったんだろうか?
厳重な防護服を多数用意してあれば何とかなったかもしれない。
無いから簡易な防護で突っ込むことになった。

*爆発した隣の原発は運転継続*
爆発したのは4号機だが隣接する1~3号機の運転は継続された。
止めたら電力が不足するからだろうけど、そこで働き続ける人も
大変だ。

30km以内の人々が移住させられたのに、その中心部で
仕事を続ける職員達は、どんな気持ちだったのだろう。

ソ連にとっては、健康よりも経済(電力供給)が大事だったのかな。
恐ろしいことだ。

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テーマ:原子力問題 - ジャンル:ニュース

原子力発電所の特殊性 | 12:51:58 | Trackback(0) | Comments(0)

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